2013年6月11日火曜日

運命は自分が動いた分だけ 変わっていくものだから

若杉 秀俊

国際航空貨物取扱士

HARI-HARI ARAMAITIE!
http://hiddy.cocolog-nifty.com/aramaitie/

長崎県長崎市出身。
高校時代に報道関係に興味を持ち、
大学ではそのベースを作るべく社会学を専攻。

2年次には沖縄の琉球放送へインターンシップ。
学外のマスコミ勉強会にも積極的に参加し、
ゆくゆくは本物のジャーナリストとなることを夢見る。

しかし、4年次にマレーシアへ留学。一気に海外へと目が向く。
気づけば、世界各国を駆け巡るモノの動きのダイナミズムに感動を覚え、
国際物流業界へ。
現在は国際航空貨物の輸出手配を担当し、日々航空会社と格闘中。

…今に至る大きなきっかけとは…

大学3年次に入る春先に、たまたまサークルの活動の一環で1ヶ月ほど渡航した
シンガポール・マレーシアの学生交流の旅が大きな転換点となりました。

もともと留学には興味があり、その渡航をきっかけに一気に
シンガポールへ留学したい!」と思うようになったのですが、運命のいたずらか、
最初に受けたマレーシアのマラヤ大学への留学試験が先に合格し、

気づけばマレーシアへ1年。
多くの民族が共生するマレーシア。
興味の矛先は一気にマスコミュニケーションから文化人類学へシフト。

とはいえ、ジャーナリストを目指す夢は途絶えておらず、
現地のフリーペーパーや日本人会向けのニュースレターのライターを勉強の合間にこなし
取材力と文章力を異国の地で磨く。
そして、だんだんと海外で仕事がしてみたいと思うようになっていく。

そこでたまたま知る事となった国際物流業界。
航空フォワーディング。

海外での仕事、といえばメーカーや商社というイメージが強いが、
メーカーがモノを作って、商社マンがそれを売ったところで、
そのモノを運ばなければ話は始まらない。希望通りの日程、ルート、コストで、
いかに確実にモノを運ぶか。
もともと航空業界にも興味があったのが幸いし、
就職先は航空フォワーディング業界に主軸を置くことに。

とはいえ、何にでも興味を持つという性格のため、
当時は就職氷河期の終焉前で、
採用人数を相当絞っているというのもあり、
手当たり次第に受けていたというのもあるが、

普通は業界を絞って就職活動するところを、小売り、食品、メーカー、商社、放送局、
新聞社、航空会社、船会社、広告会社、とジャンル関係なく就職活動を行った。

最終的に何社かの内定先から、国際物流の風を一番感じることが出来そうな
現在の職場を選ぶことに。

若いときから色々とチャレンジをさせてくれる職場で、
欧州、ロシア、アジアなどへ直接出向いて仕事をするチャンスももらった。

しかし、まだまだ至らない語学力、ビジネスセンス、これから磨くことは盛りだくさんだと痛感。

よく言えば、成長できる伸び代がまだまだあるということか。
色々な仕事をこなし、自身の能力を磨き、
いつ、どこでも誰のためにも役に立てる人材となるべく努力の毎日が続いています。

そんな中、社会人になってからのもう一つの大きな転機は、
旅のエピソード集を1つの本にまとめるという100人100旅プロジェクトへ
参加することになったこと。

元々ジャーナリストを目指していた手前、文章を書くこと自体は大好きなので
参加してみようと思ったのが最初の動機だった。

純粋に旅好きの仲間が集まるサークルのようなものだが、
職業もみんなバラバラ、興味がある国もバラバラ、でも、1つにまとまれる底力がある。

そして、一人ひとりが芯を持った目標を持っていて、純粋にそれを目指す人が多いということ。

自分のあやふやな人生の目標を明確化し、ちゃんと目指さなきゃと思うようになったのは、
このプロジェクトに参加している最高の仲間たちがいたから。

百聞は一見に如かず。

時間さえあれば国内外、世界中へ飛び立つ仲間たちの姿を見て、
話を聞くことで自身の見聞も高められ、さらに自分自身が今度は飛び立つ。
足を運んで現地のコトを知る。

これは今の仕事にも大いに役に立っています。

…そんな彼のこれから目指すもの、夢とは…
世界中のどこかで、
自分を必要としてくれる場所で、
大いに仕事して活躍すること。

必要とされるなら、
地球の裏でも、
ジャングルの奥地でも、
どこでも赴任する覚悟はできている。
また世界中の秘境、絶景、
興味がある国・都市すべてを周りつくす。

一筆書きで世界を回るのだけが
世界一周旅じゃないぜ。
点と点とを何年もかけてつなげて世界一周。
これが自分の旅のスタイル。




…そして伝えたいこと…

仕事も私事も旅も、結局は人の縁。

その時、その場所、その人やその場面に会えるのはその瞬間しかない。
それが仕事自体であったり、仕事のパートナーであったり、
人生のパートナーであったり、最高の仲間になる友であったり。

人の縁無くして人間は存在できない。

自分自身を育てるのも、変えるのも、すべては一期一会の出会いから始まる。

今、この瞬間を諦めれば、その人に出会えないかもしれないし、
その情景に出会えないかもしれない。だから「諦める」といことは最初から考えない。

最近の旅のスタイルは、もちろん興味がある国・都市・絶景・秘境を訪れることから、
その国で今しか会えない人を訪ねる旅へと主軸が変わりつつある。

建物、自然、風景は何年もかけて変わっていくが、人はその瞬間瞬間でどんどんと変わっていく。自分はその瞬間の友の姿に出会いたいから、旅に出る。

もちろん、そこが地球の裏であっても遊びにいくし、
もしこれから飛び立つ友が宇宙に行くんだったら、なんとかして遊びに行くと、思う。

人が人を成長させてくれる。
幾度となく学ばさせてもらってきた。

だから、本当に本当に人の縁って、大事なんだよ。

                                                                                                     Hidetoshi Wakasugi


…いつでもどこでも飛び回り、駆けつけてくれる彼。

そんな彼の原動力は「今」を、そしてこの「瞬間」を、大切にしよう、
その強い想いからくるものなのかもしれません。

そしてその「今」と「瞬間」、そこには「人」が在るということ。

彼にとって「今」をこの「瞬間」を大切にすること、とは
きっと「人」を大切にするということ。

そんな彼のこれから歩む先は、きっと輝く「今」と共に在ることでしょう。

「今」を、この「瞬間」を大切に


…最後に彼の好きな言葉を…

英国の文豪シェークスピアは、「知恵と運命が相争う時、知恵が全力をつくして戦えば、
運命も知恵を破ることはできない」と言った。
運命は自分の力(智慧)で変えることが出来る。
だから、決して最初から諦めちゃいけないんだ。

どんなに辛いことがあっても、がむしゃらにぶつかっていこう。
動かなきゃ、現状を打破する一筋の光すら見えてこないぜ。

運命は自分が動いた分だけ、変わっていくものだから。

2013年1月10日木曜日

全ては美味しいという言葉のために。

太田 匡人。

東京の某外資系ホテル、広東料理の料理人。

1984年生まれ、鹿児島県出身。

小さいころからものを作るのが好き。
父親が個人で建築業をしていたということで、小学生の頃から休みの日は父の現場によくお手伝いに行く。
家を建てるための敷地の整備から家の完成するところまで、まれに実際に電動工具を使ったり。
こういうことを高校卒業する時まで手伝う。

料理を作るのも小さな頃から好き。
母の手伝いをよくやる。
一緒にハンバーグを作ったり、カレー作ったり。

そんな中、1番影響受けたのが「料理の鉄人」というテレビ番組。
その時のフレンチの鉄人の「坂井宏行」って方が自分と同じ地元だったので、余計に好きになる。
料理作ってるところがかっこよくて、自分もこういう風になりたいと憧れる。

高校生くらいになると、家でパンやシュークリームを作って学校に持っていき、皆で食べる。
母親の誕生日に色々と本を見ながら、フルコースも作ってみる。
このときの母親の笑顔は今でも鮮明に覚えている。
この頃から本格的に「コックになる!」と決意。

でも高校2年生くらいの頃、父の建築業を継ぐかコックになるかですごく悩む。
父的には継いでほしいと思ってるはずだし、でも夢を叶えたいし。
そんな時父が言った一言が今でも忘れられない。

「自分のやりたいことをやりなさい!人生1度きりなんだから。家のことは気にしなくていいから。」

この言葉で吹っ切れ、この言葉でコックになる道を決心。

そして高校卒業後に福岡の調理師学校に入学。

入学当初はフレンチの坂井宏行さんの影響でフランス料理の道を考える。
が、いざ料理実習をやっていくうちになんだかフランス料理より中華料理のほうが楽しくなる。
感覚的なものであり、あとやっぱりアジアの料理が合うと感じる。
それで1年生の秋くらいには中華の道を行くと決意。

2年生になって冬にヨーロッパに研修旅行へ。
料理学校というのがあっていろんなお店、有名なワインの産地へ。
イタリアに行ったときはミラノで2つ星のお店、ドォーモ。パルマのハム工場。
フランスではリヨンの3つ星のお店。
パリでは凱旋門、3つ星のお店。ボルドーではワイン工場。 フランスではワイン飲みまくる。
クリスマスイブをパリで迎えられ幸せを感じる。
いろいろ勉強になった研修旅行。
また学生の当時、中華料理のレストランでバイトし現場の大変さを知る。

卒業後、日本の激戦区で働きたいと考え、就職を機に上京。
現在と同じホテルのレストランで、今に至るまで働く。
社会人になり本場である香港にも食べ歩きに行く。 香港の料理は美味い。
高級店はもちろんのこと小さな屋台の料理も。 香港で食べまくる。
市場に行っても珍しい食材がたくさんあり、中でも珍しかったものが「犬」、「カブトガニ」、「ヘビ」。 料理、環境、文化などいろいろ刺激になった旅行。
本当に面白いところである。



…そんな料理に真剣な、熱い想いを持っている彼。そんな彼は他にも夢中になっているものがあります。

「小さなころからスポーツが好きでいろいろやってきました。
水泳(小学生)・サッカー・フットサル(中学生)・バドミントン(高校生から現在まで)。
でもここ最近はまってるのがトライアスロン!
スポーツの中で1番過酷なスポーツ」と言われています。
トライアスロンとは1人で連続でスイム・バイク・ランを行うスポーツです。
トライアスロンをやる人はどれか1つは得意な種目があるのですが、僕は1つもありません。 ただ単に興味があったという理由だけでやり始めました。
実際にやるととてもヘビーなスポーツでした。
大会にもよりますけどスタンダードの距離はスイム1,5km・バイク40km・ラン10kmなんです。 やったことがなく未知数でしたが、実際やってみるときついですけどやみつきになりました。

昨年の9月には新潟の佐渡である国際大会ではスイム2km・バイク105km・ラン20kmを6時間半で完走することができました。
ゴールの瞬間、ほんとに感動して泣きそうになりました。
トライアスロンをやってる理由は、運動するのが好きっていうのもありますけど1番の理由は、

「ゴールの瞬間の達成感を味わいたいから。」

です。ほんの一瞬ですけど。 でもこの一瞬のためにきついトレーニングも頑張れる。

そんなトライアスロンを通して得たものは、もちろん強い体、スタミナもそうなんですが1番は「メンタル」だと思います。

競技中はとてもきつくて、諦めることも考えたりもします。

でも、 「ここで諦めたら今までの努力が無駄になる」とか
「応援してくれる人に申し訳ない」 という思いがあるからいつも最後まで頑張れる。

応援してくれる人の言葉は僕の中でとても大きな力になるとこのスポーツを通して感じました。

「何事も諦めないでやること、そしたら時間はかかるかもしれないけど結果は出る。」



……そんな彼の「幸せなこと」「これから目指すもの」「夢」とは。


「まず立派な料理人になって、「食欲」と「気持ち」を満たすことのできる料理人になること。

あと美味しいだけではなく「健康」を考えた料理を作ること。
「食欲」だけを満たすだけだったらコンビニの弁当だってできる。
美味しい料理ならどこででも食べられる。

僕が目指すものは「食欲」はもちろんのこと、
僕の料理を食べて幸せな気持ちになって、

「この料理をまた食べに行きたい」 と思ってもらえるような料理を作ること。

その季節、その人の年齢、健康状態に合わせた料理を作ることが理想かな。

トライアスロンでは昨年出た佐渡であるトライアスロンの大会で、去年の倍の距離のあるカテゴリーに出て完走すること。
ちなみにスイム3,8km、バイク190km、ラン42,195km。制限時間15時間半で。


あと僕は休みの日にたまに友達と餃子パーティーや鍋パーティーをすることがあります。
そこでみんながおいしそうに食べる姿を見るととてもうれしい気分になります。
僕は気づきました。僕にとっての幸せとは、

  「美味しい!!」

という言葉を言ってもらえること。

1つの料理を作るには時間がかかり、仕込にも手間がかかります。
でも食べるのは本当に一瞬です。
でもこの一言でそれまでにかかった時間、手間の大変さも吹き飛びます。


これが僕にとっての「やりがい」なんでしょうね。





…最後に彼の好きな言葉から。


「何事もやってみなければわからない。」
今僕の周りにはたくさんの仲間がいる。 一緒に仕事をする仲間、一緒にトライアスロンをやる仲間、一緒に僕の悩みを聞いてくれる仲間、一緒にパーティーや飲み会をやる仲間。

  こんな仲間ができたのも自分から1歩を踏み出したからだと思う。
自分から飛び込まないと何も変わらない。 これに気付いたのも社会人になってからかな。
もうちょっと早く気づいていればもっと楽しい人生になってたと思う。
  これからもたくさんの仲間を作り、お互いに人間的に成長しあえるような人間になりたい!」

Masahito Ota




…普段何気なく訪れる飲食店や、自分たちの身近にあり、欠けてはならない「食」。
そこには、

「全ては美味しいという言葉のために。」


という想いを込めて、作ってくれている料理人がいるっていうこと。

そこに至るまでたくさんの背景と、大きな「想い」が詰まっているということ。

改めて感じさせてもらえました。

そしてその「食」は、いつもより「輝き」と「温かみ」が溢れた「食」に、なんだか感じられます。


そうやって「食」をとおして繋がり、そしてまた「幸せ」な気持ちが繋がっていきますように。