2012年4月17日火曜日

ぼくらは光があったからここまでこれた。


谷川和哉。

飛び回る発電機技術者。

小さい頃から親に与えられたナイフで遊ぶ。
幼少期に親の離婚、そして死別。

小学生時代。なんとなく朝暇だったので陸上部に入部しマラソンに目覚め、工作でものづくりに楽しさを感じる。
高校生時代。ブラウン管を通し行ってみたくなり初めての海外、カナダへ。またPCを手に入れPCに目覚める。
大学生時代。初めてのタイでアジアへの興味を持ち、またバイクに乗り始めて、日本を一周する。

卒業後、発電機に関わりたかったけれど、全体を見れる技術者になりたいということで、小型エンジンを開発する道へ進み、内燃機関技術者として、バイクのエンジン設計に携わる。

そして最近。前々から思い描いていた大型発電機業界への転職を果たす。

現在、旅に、登山やバイク、ダイビング、マラソン、カメラと多趣味に活動中の彼。
旅は東南アジアを中心に動き回り、マラソンでは100kmマラソンを完走し、バイクでは日本1周人に話を聞く旅も達成。

そんな中、「旅行の情景を残したかったから。」と始めたカメラ。
その中の1枚にこの写真があります。
‥この写真について彼はこう語ってくれました。

「この写真はカンボジアで、100人100旅という団体のメンバーと一緒にコーケーに行ったときの写真です。
シュムリアップから3時間くらいなのかな?正確な時間は覚えてませんが、そこにいた子供です。
ちなみに、シュムリアップは3回目なんですが、毎回、道路の変化、街の変化には驚かされます。
それでも子供の様子は変わらなくて、小さい子供でも、戦争を経験してないのに内戦の傷跡を感じることがよくあります。
コーケーから帰ってきて、はしゃいでる僕らを見る目が、子供のその冷めた目で、すべてを見透かしてる目で見られてる気がして、撮った一枚です。

‥‥もっと世界と身近にいたい。」



‥‥そんな彼のこれから目指すもの、夢とは。

「電気のないところに発電所設置したいなぁ、と思って、その技術を手に入れるために転職。
今の業種は、今までとは全く違う業種、エネルギーを作ること。
ここでしっかりと技術を身につけて、電気の足りないところ、これから足りなくなるところ、そこに向かって僕の技術を残せるようになりたい。そういう技術を身につけたい。
電気のないところに電気を使える環境を作りたい、インフラ整えて、フェアトレード的なものを能動的にできる環境を作りたい。
実際に現地の人の役に立つものを自分の手で提供したい。

僕は、小型大型どちらも知ってる。多分そういう技術者は少ない。そして、世界を知ってる技術者になりたい。

前職で学んだ技術は世界に通じると思う。それをこれからしっかりと証明していきたい。
その技術をベースにこれから学ぶことを加味して、僕にしかできないエネルギーの解決法を開発してみせる。

でも、それまでは少し世界をみて、必要性を感じよう。今、何が必要とされてるのか、を。
旅行者として感じること。技術者として感じること。ビジネスとして感じること。


僕、オリジナルの技術を。世界で唯一の技術と視点を身につける。


色々言ったけれど、自分の作ったもので人に喜ばれることが幸せ。

というか本当はただ単に皆と気持ちを楽に、楽しく遊べる環境を作りたいだけ。

そうやってこれから先も皆と色々と遊びたいし、共に遊べる環境を作りたい。」


Kazuya Tanigawa


‥この「皆」というシンプルな言葉には、きっと彼の「世界と身近にいたい。」という大きな想いが詰まっているように感じてなりません。彼の持つ「優しさ」や「温かさ」も、そこにきっと。

彼の至るところを多方面に飛び回る「行動力」「原動力」、少しだけ分かった気がします。
それは力いっぱい「楽しむ」ことであり「遊ぶ」ことであり「生きる」こと。

そしてそこに在る「皆」なのだと。

彼が好きな言葉に挙げた旅先で出会った言葉。「ぼくらは光があったからここまでこれた。」という言葉。

それは「闇」を知り、そして乗り越えた彼だからこその言葉なのかもしれない。


そして彼にとっての「光」は「皆」なのかもしれない。

だから自分もこれからの、彼にとっての数ある「光」の中の一つで在れたらと思う。


これからの彼の歩む道もきっと光で溢れているはずだから。


「皆」とともに。