2011年9月7日水曜日

人生進んだ方が前!

山下 諒子。

名古屋栄養専門学校教員・栄養士。

愛知県豊橋市出身。
高校卒業後、地元の調理師専門学校の夜間部に入学。昼間はレストランで働きながら、2年間調理師の勉強をする。
在学中、栄養士の仕事に興味を持ち、卒業後は2年間現在勤務している栄養士の専門学校に入学する。
社会人になり、更に調理場を経験したいと考え、2店舗の料理屋に勤務する。
卒業から3年が経ち、母校である栄養専門学校の教員となる。


‥料理をはじめたきっかけ。彼女はこう語ってくれました。

私にとって最初の料理の師匠は、祖母であった。
4人兄弟の3番目である私は、幼い頃の遊び相手といえば両親よりも兄弟よりも、祖父母であった。
祖父と遊ぶときには、庭で大工仕事のジャマをしたり、畑に行き野菜や花を採ったり。散歩をしたり。
祖母と遊ぶときには、決まって料理のジャマをしていた。
きっと中には、子供は危ないからキッチンには入ってはいけないという家庭もたくさんあるだろうと思う。しかし祖母は、

「台所は御勝手(おかって)と言って、女の人が勝手にしていい所なのよ!」

と教えてくれた。女の子なのだから、どんどん御勝手に入りなさいと。
多分私は、保育園に通うころには、包丁を握っていたと思う。
器用な方ではないのできっと上達は早くなかったが、すごく楽しかった。今思えば私は祖母から、料理をするうえで一番大切な、食べ物を粗末にしてはいけないということや、食べる人のことを想って料理を作ることを学んでいた。
そんな家庭環境のおかげで、料理は幼い頃から身近で、なんの抵抗もないことであった。
しかし、料理人になろうなんて微塵も思っていなかった。

13歳の頃。4人兄弟のうちの、2番目の兄を亡くした。先天性の重い心臓病だった。
彼は16年の、短い生涯だったが、人の一生分よく笑っていたと思う。
それくらい明るい人だった。
兄が亡くなったとき、13歳だった私は泣いてばかりで何もできなかった。
その頃から、

“人の命を助けるために、役に立てる仕事がしたい”

と、漠然と思っていた。

そんな時を経て高校を卒業。縁あって調理師専門学校の夜間部に入学した。
様々な経歴を持った人達がクラスメイトだった。60歳を超えた人や、早朝から市場で働いている人達が夜遅くまで、眠い目をこすりながら一生懸命勉強していた。
私はそれまで、学校は嫌いだった。人付き合いも苦手だった。きっと自分も、好きじゃなかった。
そんな自分が改めてやりたいことに出逢い、刺激を受ける仲間に出逢い、少しずつ変わっていった。

“やりたいことをやるのに、年齢は関係ない”

この2年間で学んだことのひとつ。今でも強く思っている。

“もっと勉強がしたい”

勉強嫌いな私が初めてそう思った。
スキルアップのため、栄養士を志し、進学することにした。

女性である自分が、料理を通して人の役に立てること。

美味しいだけでなく、体に良いものを作れる人であること。

それを必要な人に教えられる人で在れること。

生涯働く人で、あり続けること。


そして‥夢を叶えること。


その為に必要な勉強だった。

それから今に至るまでの5年半。名古屋で、というよりは日本中に、たくさんの仲間ができた。

今年4月からは母校である名古屋栄養専門学校の教員となった。
包丁も持ったことのない生徒から、主婦、何年も料理人をやってきた生徒もいる。
皆目指しているところは同じなので、不思議と仲が良い。
“先生”という枠にはいるが、そう呼ばれなくてもいいと思っている。
敬られるよりも、生徒の身近にいて、技術や知識だけでなく、少しでも料理の楽しさや必要性を教えられる存在でありたい。
楽しい学校だったなぁ!と思えるほんの一部分にでもなれたらそれですごく嬉しい。
そして若い学生だけでなく、いくつになっても夢を持ってほしい。



‥そんな彼女のこれから目指すもの、夢とは。



来年の春、フランスに留学しようと頑張っている。
洋食屋で働いていた経験から、ヨーロッパを経験している人達にたくさん出逢い、また料理も色んなものがあることを自分の五感を通して知った。
なぜ行きたいのかと言われたら、単純な答えしか出てこないが。

“本物が見たい!”

そして、海外で生活するという経験の中で、人として成長できたらいいと思う。
それから、生きられなかった兄弟の分まで、周りも自分も幸せになりたい。
大きな世界を見てまわりたい。

帰国したら、料理教室を持ちたい。食べ物だけで病気を治すのは難しいが、病気にならないための食事はすることができる。命を落とさなくて済む人に、体にやさしい食事をしてほしい。



‥彼女とは先月の愛知県での仲間達の集いでも共に過ごし、またこのブログでも何度も紹介している100人100旅での自分にとって最初の集まりのときに出会いました。
早いものであれから1年が経とうとしています。
あの頃からの1年後。
今こういった形で繋がっているとは全く想像していませんでした。

思いやりに溢れ、「人」を大切にする「人」。

真っ直ぐで凛とした強さの持った「目」。
その「目」が抱え、見つめ、伝えたいこと。
今こうやって、少しだけだけど感じることができた気がします。


“人は人で磨かれる。”

彼女のこの好きな言葉のように、彼女自身も人で磨かれ、だからきっとあんなに素敵に目が輝いているのだと。


そして僕自身もまたこれから先、人に磨かれ、目に輝きを増していく人で在れるように。




そんな彼女から最後に伝えたいこと。

単純な性格なので、すごいと思った人や大好きな人の影響をすごく受けてしまう。
100旅の仲間からも、物凄い刺激や楽しさをもらっている。
人生って出逢い。周りの全ての人達のおかげで今の自分があることに、とても感謝しています。

“人は人で磨かれる。”


“人生進んだ方が前!!!!!”

Rin Yamashita.