2011年6月6日月曜日

ドブネズミみたいに美しくなりたい。

池ヶ谷正宏。

イベンター。
EOS(イオス)~TOHOKU FUKKO支援活動~代表。
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個人ブログ→http://ameblo.jp/eventermasahiro/


中学生まで友達を遊びに誘うという行為が嫌いで、友達を一人も作らない。

高校時代、あみだくじの運の無さにより、応援委員に入る。後に応援団に入り、3年間正式に所属。

社会人になり、遊ぶ。モヤモヤする。遊ぶ、モヤモヤするをとことん繰り返す。

24歳の時にある人との出会いでイベンターの道を志す。大人が本当に子供のように笑い、遊ぶ姿にこの上ない幸せを感じる。

25歳の秋、野外イベントを行い、決意を固める。



‥その彼自身の中で一つの決意を固めた頃の、彼の想いを綴った文章を抜粋します。これには彼の今の「想い」がここに全て詰まっているような気がしたから。



「今はそんな生き方でいいんだ。

泥くさい人間が好きだ。一生懸命さが伝わる漢が好きだ。

甲本ヒロト、中山雅史、山田玲司・・・・

共通しているのは人間らしい。泥くさい「人」。

良くも悪くも、うまくはない気がする。

ただ、味がある。人々を寄せ付ける何かがある。

中身が熱さだけじゃない、繊細さを持ち備えている人間に思える。

学生時代、熱を怖がっていた自分がいた。

燃えていたい自分と燃えて、総スカンをくらったらどうしようという自分。

結局、同調性や周りの空気に合わせる自分がいた。

それだから一人でいることを望んでいた。

流されたくもないし、流されないように見せる技術もなかった。

それはきつい経験だったけど、あの時代があったから今の自分がいる。

その時代も含めて、本当の意味で今の自分が好きだ。

多分、根っこは泥臭くて、人情くさくて、涙もろかったり、熱すぎるくらいに熱い人間なのかもしれない。

20代ってきっとまだ熱くて良い歳。多分、自分が40や50になった時に20代に何を求めるかって想像したら、20代には「活気」や「熱さ」を求めると思う。

それが30代、40代を迎えていき、少しづつ変化をきっと起こしていくイメージが頭の中にハッキリと想像できている。

だから今は泥臭くて、いいじゃないか。

熱く生きる人間が一億人の中に何人か生きていてもいいじゃないか。」


‥そして26歳の彼の誕生日。3月11日。

東北地方大震災のあの日。

その日から2日後の3月13日。彼はこう文章に綴っていました。


「俺、ここ何日か凄い迷ってる。

何が自分にできる支援なのか。


俺がしてきたことで一番人を元気づけられること、何なのかなって。

正直わかんないんだ。どれが絶対的に正しいなんて。

だったら俺、一番自分が励まされてきた形で表現してみたい。

俺が励まされてきたこと。

それって、やっぱ「歌」。

キツイ時あったときにあんな「歌」を聞いて、励まされてきた。

泣きたい夜にあの「歌詞」を思い出して、頑張ろうって行動してきた。

俺はライブを仕切らせていただいているイベンターだけど、ぶっちゃけ

音符がよめるわけでもないし、楽器もロクにできない。

小学校から高校まで音楽の成績なんて5段階で2だった。

ただ、やっぱ好きだった。

スゲー、好きだった。

皆がダサいと思っていた合唱も一生懸命やってた思い出がある。

応援団の応援歌も好きだった。振り付けダサくても好きだった。

歌が国境を越える瞬間を友達でしてきた奴がいる。

路上アーティーストで皆を励ます奴もいる。

そんな奴らとはOKサインを貰って、動く体制にしている。

俺、被災地への募金支援はもちろんのことなんだけど、 周りの不安を少しでもいいから解消していきたんだ。

アコースティックギターならば、ほとんど電気も使わないだろうし。

歌って今まで人を励ましてきた大事なツール。

下記のように

We are the World 25 for haiti アーティスト名&歌詞付 日本語訳付。
http://www.youtube.com/watch?v=VhD6tuz_9uY

だから渋谷の路上に出て、一緒に歌おうよ。

一緒に募金活動しよう。

金額の支援だけでなく、人々を少しでも元気づけてあげよう。

歌唄うの下手だったら、歌わなくてもいいよ。 多分俺の方が音痴だけどさ。

一緒に盛り上がるだけでいい。

一緒に行動してくれる姿が皆を励ましてくれる。

皆を安心させてくれる。だから動こう。

俺は皆と一緒に動きたい。 」

‥それから数ヶ月経った現在、募金活動の形も「歌」から「呼びかけ、声だし、お辞儀」へと、場所も「渋谷」から「新宿」へと少し変わり、路上募金活動を土日行い、イベント活動も徐々に行う形になってます。
そんな募金活動を続ける中の心の葛藤や辛さ、喜びの「想い」も彼はこう文章に綴っていました。


「本当の意味で世間にほうりなげされたとき、

周りに味方がいないとき、

俺はとんでもなく無力なんだなと今日、思い知った。

まちゆく人々は関心をしめさない。

彩りされたモノであっても、声を少し大きめにしても俺の存在はないんだろうな。

悔しいな。

ホント久しぶりに心が折れそうだった。

募金箱は一人だからなのか、たまに人に当たりそうになるし、隣のあんちゃん達はチラチラとずっと見てくる。

スゲー嫌な気分なんだ。ぶっちゃけ。

「堂々と、いちゃもんとかつけてこいや!そのほうが楽なんだよ」って心の中で思うぐらいに。

ホントに無力で、人々を魅了できるような圧倒的な力が欲しいと思って、

涙が目にたまりそうになって、被災地の情報は知ってるから余計に悔しい。

2~3人いるときは人は聞いてくれる。関心を示してくれる。

やってることは同じだし、意味も同じだし。

他の募金団体もいなくなり、(隣でさせてもらっていた)本当にひとりぼっちになった瞬間がある。

ただ、ぼっーと突っ立っているなら楽だし、何も感じなくてもいいし。

ただ、俺がそこにいる意味は?

バイトして、お金をそのまんま送ればいいじゃんっていう話はよく聞く。

ただ、そんな中でも5月末までは最低限、休日はこれに費やすと決めたんだ。

俺がしているのは「金額」だけではないから。

「関心の薄いところに対しての自然的な投げかけ」も含んでいるから。

それを悲痛的な叫びではなくて、復興を力をかけている人々の支えとして存在していたい。

ボソボソと言うのではなく「わかりやすく、ハッキリ、活気よく」伝えていきたい。

それがひとりぼっちのときにはこんなに伝える「力」が減ってしまうとは。

マジで自分の価値が情けなかった。

ただ、腐らずにいたかった。

被災地の人のためとかもあるけど、もう本能的に近いレベル。自分がこういう性質でいたいというレベルのために頑張ってみた。

悔しくてわけわかんないから、微妙に涙目になりながら叫んでみた。

それでも人は見ない。

これが今のまちゆく世間の反応なのか。

俺の活動には魅了がないのか。

諦めモードが心に突き刺さってくる。

いらねえよ! そんな感情にまだまだ支配されとる俺はアホだ! そんな男でいたくねえんだよ!


そして、

今まで俺は、人にどれだけ頼っていたか、

どんだけ大切なのか、

人と一緒に動けることがどれだけ幸せだったのか、

頭の中でぐるぐるリバースしながら活動を続けていた。


そんな中、今日最大限に泣きそうになった場面は、

「仕事と仕事の合間の20分に参加してくれた女の子。」

「一人ぼっちで叫んでいたときに目を見て、頑張って下さいといってくれた兄ちゃん。」

最近、泣く機会ってなかなかなかったし、強く生きたいと思っていた今は「泣く」っていう行動自体を抑えるようにしていた。

強がるとか、無理をするとかじゃないんだ。

ただ、感情が一気に揺さぶられると一気に疲れのようなものも出るし、他の作業も出来なくなっちゃうのかなーと無意識的に考えてた。

今日の涙が悔しさなのか、喜びなのか俺には何かよくわからんが、何か大事な涙な気がした。

本当に隣にいるだけで十二分に力になります。

年齢も性別も技術も時間も本当に本当に本当に関係ないです。

隣にいることが力をくれる。

それを身体で味わってきました。

何分でも、買い物帰りでも、遊びのついででも構わないです。

ほんの少しでも構わないです。

俺は一緒に活動したいです。

皆さん、本当に本当によろしくお願いします。」





‥‥一度、僕が都内を慌しく動き回っていたとき、夜の7時を回り新宿駅西口にて彼と遭遇しました。そのとき彼は一人で街頭に向かって声を上げ募金活動をしていました。
それ以前から面識もあり繋がりもあったのですが、先を急いでいたので気付かないふりをして通り過ぎようとしました。でもどうしても頭から離れなくて急ぐ足を止め隣に立ってみました。
そのときにこちらを向いた彼の表情はなんだか忘れることができません。
そして真横から伝わってきた彼の「想い」もまた同様に。
電話に呼ばれ、自分が共にいれたのはほんの少しの間だけ。

募金活動。僕自身も否定的には思っていないですが、肯定的にも思っていませんでした。
「理論」や「理屈」、「効率」で考えれば、募金活動は「否定的」に捉えられる要素を幾つも並べることができるから。
街行く人も似たような捉え方、もしくは無関心か中には否定的な人も多かったりするのかもしれない。

でも彼のこのまっすぐな気持ちを感じ、その姿をこの目で見たなら、そんな気持ちなんて僕は吹っ飛んでしまいました。

本当に大切なのは、「理論」や「理屈」じゃない、「感覚」や「感情」なんだって、ただただそんな気がするんです。

募金活動をいつまで続けていくのか、あるいは次の支援活動へ移行していくのか、それは僕には分からないけれど、

「震災」とまっすぐ向き合い、活動を続け、

そして「今」と一生懸命向き合い、活動している彼に贈るべき「言葉」や「行動」は、

温かさや思いやりのある「言葉」であり「行動」。

のはずだから、新宿駅の近くで彼の活動と出会うときがあったなら、どうか「温かさ」をよろしくお願いします。


募金活動。一度だけでも良い、

最後の日があるのなら最後の日でも良い、素敵な人たちを集めて、始まりのきっかけだった、大好きな「歌」で、もう一度、募金活動を。

それで俺は彼のとびっきりの最高の笑顔を近くで見たいんだ。


素敵な「歌」と「人」と「笑顔」に包まれて。







‥最後に、彼の「夢」とは。

「夢はありすぎ!

常識を変えるイベンター。

最終的には現場で遊びに来てくれた人々と同じ目線で、一緒に遊べれるようなイベンターになっていたい!

「屋上でギター鳴らすぜ!廃校LIVE」

「無人島自体を貸し切って、野外フェス会場にまるごとする」こと。

そして「人類初の宇宙空間LIVE」

Masahiro Ikegaya.

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