2011年6月1日水曜日

大丈夫、頑張ればなんでもできる。願いはきっと叶うから。

優。

看護師。

東京都中野区出身。
二人姉妹の長女。
両親、祖父母、曽祖父母、叔父、叔母の大家族の中で育つ。

女の子なんだから‥と、自転車すら禁止され、将来かわいいお嫁さんになるためにと大事に、ある意味過保護に育てられた。何の不自由もなく幸せであったが、幼少期から好奇心は旺盛。女の子だからダメなんて理解不能であった。

中学校時代。
吹奏楽部でフルートを吹く。
受験勉強を優先するよう言われながらも最後まで没頭する。

高校時代。
海外生活に憧れる。
ハワイマウイ島での短期留学にてさらに熱は高まる。

短大時代。
保育の勉強、実習を通して、子どもと関わることの楽しさを知る。
幼稚園の頃からの夢、幼稚園の先生をめざす。
そして幼稚園の先生になり、その後、寿退職。


ここからが波乱万丈人生の始まりとなる。

若くして結婚。

幸せは長くは続かなかった。

親にも言えず、友達にも相談できず、誰にも言えずに離婚。まさかこんな事になるなんて想像もしていなかった。

いつまでも泣いてばかりいるわけにはいかない。

東京から出たことのない私は、この際どこか地方へ行こうと考える。なぜか四国と鎌倉の幼稚園に問い合わせる。が募集なし。幼稚園教諭人材バンクへも登録。

そんなことをしている時に、看護学生募集のポスターを見る。
なぜか心が惹かれた。小児科だったら自分の経験が生かせるかも。そして、受験勉強が始まる。ちょっと遅いが、自立への第一歩。何も知らない親からは、今更何をしているのかと咎められるが、もう必死だった。お金がなかったので、選択できる学校は二つしかなかった。面接でいじわるな質問をされるが、何とか合格。と同時に北京の日本人幼稚園と目黒の幼稚園から採用の連絡がくる。ちょっと迷ったがスキルアップを選択した。

看護学校に入学してくるのは、全国の高校を卒業したばかりの人9割。心強いことに社会人経験者や主婦も約1割いてホットする。でも、なぜか年齢の近い人たちより若い人たちと仲良くなり、3年間支え合い、今でも付き合いは続いている。人の命にかかわる仕事をするのだから当然なのかもしれないが本当に厳しい3年間だった。朝になってしまう!時間がない!と泣きながら勉強するなんて今までなかった。

悲しい涙ではなく、必死の涙をよく流した3年間だった。

実習は辛かったが、患者さんに会うのは楽しみだった。

お散歩とおしゃべりが大好きだった末期がんの患者さん。

乳がんのオペ後のリハビリを一緒にやらせて頂いた患者さん。

糖尿病の治療計画を一緒にたてて、協力してくれた患者さん。

点滴を何度も抜いて困らせてくれたかわいい小児科の患者さん。

自分が支える側なのに、いつも支えられていた。

命というものを考え、どう生きたいか、死にたいかと死生観を考えた看護学校時代だった。


そして現在。
児童思春期精神科ナースとして働いている。

ふと思い出す1人の男の子がいます。

主訴。ネグレクト。

親なんて信用できない。

幸いにも少しづつ心をひらいてくれて信頼関係ができてきた頃、家には帰れないので、施設に入所ということになったが、私は、無理やりではなく、自分の意思で決めてほしいと願った。
子どもは大人に守られて、勉強したり運動したり遊んだりして心も体も健康に育たなくてはいけない。
そのためには、家で生活するよりも施設で生活することが望ましいと私達は考えている。でも無理やり大人の意見だけで決めたくはない、一緒に考えようと伝える。

それでも彼は、もちろん「帰りたい。」と言う。
説得するのではなく、彼の気持ちを聞いて、なるべく添える条件を施設に伝え環境調整に努め、彼との時間をたくさん作りいろんな話をした。彼は何度も泣いたけれど話すことを拒否しなかった。

そして、児童相談所との面接日。
彼の口から、
「僕、施設に行きます」と。

彼の心の葛藤や答えを出すまでの心の状態を考えると涙が出た。
彼が入所する施設へ申し入れた条件を再確認し絶対に裏切らないでほしいと伝えた。


彼が病院から施設に行く日。
私は勤務ではなかった。
勤務日以外は患者さんに関わらないように決まっているが、この日は看護長も何も言わず見送らせてくれた。

彼も私も言葉を交わせなかった。

ただ車の窓からじっと私を見ていた。

しっかりと上を向いて。

彼のあの表情を今も忘れる事ができない。


看護師が関われるのは、ほんの短い期間。自分に何ができるのか。毎日の課題。

楽しいことを知らない子どもたち。

希望をもてない子どもたち。

「大丈夫!頑張ればなんでもできる!願いは叶う!」

といつも子どもたちに言っている。
私だって普通に生きてたら経験できなかったことを経験できてる。

普通に生きてたら出会えなかった人たちと、出会い繋がっている。

だから普通じゃなくても、どんな事があっても大丈夫!

願いは叶うよ。


人生において偶然の出来事や出会いには、いつも意味があると感じる。振り返ってみると、よく分かる。

今幸せでいられるのは、過去の出来事や出会いのおかげなのだと思い感謝する。

そして、これからは出会えて良かったと言ってもらえる人になりたいと思う。


最近の大きな出会いは100旅。100旅に参加できたことで世界が広がった。
夢を現実にできる仲間たち。
本当に出会えてよかった。

その仲間たちと下北沢にて。メイン主催メンバーの一人として6月4,5日被災地支援チャリティーイベントを開催。
http://tabibana100.com/event.html
100旅でつながった人からさらに輪が広がる場となる事を願う。




最後に今の夢は、

世界中を旅しながら世界の海に潜りたい、かな。

you.


‥彼女もまた100旅本第4弾企画に参加し「地球に恋した旅人たち-大地編-」の37ページ、「I LOVE CEBU」にて執筆されています。
そして現在、この第4弾100旅本をもっと皆に知ってもらおうとプロモーション活動のリーダーもされています。
いつもいつも、いままでのイベントにも参加してくれて、僕自身何度も気持ちの部分で支えてもらえていました。

長い間ずっとよく分からなかったことがあります。どうしてこんなに活動に一生懸命なのだろう、と。
今、ほんの少しだけ分かったような気がします。


大丈夫。頑張ればなんでもできる。願いは叶う。


子どもたちに向けられた、この言葉。

それはきっと、彼女自身がこれからも一つ一つの願いを叶えていく「人」であれるよう、

そしてその「姿」を子ども達に見て感じてもらえるように、

そうやって子ども達に「人生」の「楽しさ」と、「みらい」への「希望」を感じ持ってもらい、

前へと一歩ずつ歩んでいってもらえるように、と。


なんだかそんな気がするんです。

子どもの「笑顔」と「力」は凄いんだから、無限の可能性があるんだから。

そして大きな大きな「力」をもらえるんだから、僕がそうであるように。


6月4,5日の下北沢の被災地支援チャリティーイベント。
http://tabibana100.com/event.html


この一つのコトでも、その背景にはきっと多くの「想い」が詰まっている。

そこには子ども達から繋がった「力」や「想い」が溢れているのかもしれない。

だから願わくば、これを読んでくださった方が一人でも多く足を運んで頂ければと感じています。


それがまた、「明日」の子ども達に繋がっていくかもしれないから。

8 件のコメント:

  1. 私も頑張れば絶対に何でもできると思います!

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    1. うれしいコメントありがとうございます!

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  2. めっちゃ勇気でます!!

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    1. 私も匿名さんのコメントにパワーを頂きました。
      ありがとうございます!

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  3. 私もいろいろと頑張るので、刀根さんも頑張って下さい!!                                           お互い頑張りましょうね☆                                                          もし、良かったら返事下さい。                                                        返事待ってます!            kより
        

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    1. Kさん

      夢を叶えるためには頑張れると思います☆
      きっと願いは叶うと信じて!!
      コメントありがとうございます!

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  4. とねっち、久しぶりです。
    ヒデです・・・覚えてますか?
    長い道のりの中で、いろいろなこと沢山経験し見つけ・・・
    素敵な人生を過ごしていると思います。
    またお酒でも飲みたいですね^^

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  5. メッセージ拝見しました。
    なんて素敵な、心にしみる言葉だったのかと、何度も読み返しました。
    私も小さな1人の人間だけど、自分の気持ちを失わずに頑張ろうと思いました。
    YOUさん、ありがとう。

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