2011年4月6日水曜日

だからあなたが死ぬときは、あなたが笑ってまわりの人が泣くような、そんな人生を送りなさい。



野村実里。

青年海外協力隊員。
現在、中央アジアのキルギス共和国にて、一村一品プロジェクトとともに
村の女性たちとナチュラルハーブ石鹸の開発&販売に携わっている。

小学生の頃からの口癖は「大きくなったら留学する!」。

中学・高校と狂ったようにテニスにはまり、

大学1年の時に行ったハワイで、プロサーファーの夢を追いかける少年と出会い、
「お前にぴったりの本がある。とにかく読め!」と勧められた 高橋歩 の本。

その頃から、外国や旅の魅力に本気でとりつかれ中国に乗り込む事を決意。

中国滞在中も中国国内、周辺国をふらふらさまよい、様々な人間に出会い、自分なりの価値観を見出す。

帰国後、国際商学を学んだ大学を卒業し、大阪本町で、中国人社長と松茸やなまこを売る仕事を始める。

日本社会で3年間働いて、ある程度社会人としての力がついたら協力隊になろうという思いがあったため、迷わず応募。その勢いで合格。



‥彼女との出会いは高校生のときでした。彼女が夢中になっていたテニス。時を同じくして僕もまた同様にテニスに夢中になっていた懐かしいあの頃。
その頃から、持ち前の「明るさ」や「優しさ」。「努力」「根性」「行動力」は他より群を抜いていたように思えます。
そんな彼女が、なぜ青年海外協力隊員になろうと思ったのか。



「色んな国を旅してる中で、旅人は一過性の外国人にしか過ぎず、そこに暮らす人々と交流はできるものの、時間や言葉の制約がある以上、ものすごく深くは関われない。
「学生」や「旅人」という立場ではなく、一週間や一カ月という期間ではなく、2年間ひとつの国にどっぷりつかり、そこの言葉を覚え、文化や歴史を学び、腰を据えて現地の人々と関る「仕事人」として、自分がどこまで通用するのかを知りたかったから。協力隊というのがその時の自分にぴったり当てはまった。



‥現在も活動中の彼女。現在の状況も語ってくれました。



キルギスの東の果て、舗装もされていないガタガタ道をずーーーーーっと進んでいったところに、今の活動先タスマ村がある。

2010年5月赴任。一年間がむしゃらにやってきて、石鹸組織は安定した収入を生み出せるようになった。

お風呂なし、停電はしょっちゅう、井戸水はなせか二日に一回しか出ないという生活。
でも、超シンプルで愛にあふれた生活。
ケンカもいっぱいしたが、いつも自分をほっといてくれない。根にもたない。ケンカしてもすぐケロッと仲直り。超家族想い。
なまけものと見せかけて、実は働き者(女性は特に)。男性はほぼ100%馬に乗れ、すごくかっこええ!
「クダイブユルサ(神様の思し召しがあるならば)」 が口癖。
なんちゃってイスラム教で、酒も飲めば、ブタも食う!
村人との関係はいたって良好。

キルギスで古くから伝わる「伝説の石鹸~シャカルサムン~」の復活も果たし、現在、この失われかけている口承文化を何らかの形として残すべく、奔走している。

キルギスは91年まで旧ソ連の国だったため、公用語においても、母国語であるキルギス語にロシア語が混ざり、キルギス人アイデンティティーが弱く感じられる。
そんな中、シャカルサムンの口承文化の復活により、キルギス人アイデンティティーの強化を図るという目標もある。任期は残り9カ月。



‥そんなキルギスで今もなお奔走している彼女。これから目指すもの、「夢」とは。
そして伝えたい「想い」とは。



開発の世界は協力隊が初めてで、何の基礎知識もなかったが、自分なりに精いっぱい勉強し活動しているつもりだ。
この2年間、がむしゃらにやってきた事は、開発学の観点ではどういう風にとらえられるのか。
開発学というものを体系的に学びたい、また自分がしてきた活動に、学問的な意味づけをしたい、という思いで、「女性と開発学」の修士号取得を目指したいと考えている。

その後は何らかの形で、今までお世話になった国々とつながっていられる仕事に就きたい。

そんな仕事がなければ自分で作る。もちろん結婚して子供も産む!
仕事とママ業、なんとかこなして食っていける方法をこれから考えます!
それはまたその時、仏様が導いてくれるでしょう!


キルギス人に限らず、日本人でも、中国人でも、初めて関わる人のいいところを見つめていきたい。

所詮人間という動物なんやから、悪いところも良いところもあって当然!

じゃぁその人の良いところを見て、その人をどんどん好きになって行こうぜっ!!!!

                         Misato Nomura.



高校を卒業し、早いもので約8年。彼女が帰国する頃には、10年目。

長い年月を経て「変わっていくモノ」そして「変わらないモノ」。そうして今の自分がいる。

8年前。彼女の持っていた「明るさ」や「優しさ」。「努力」「根性」「行動力」は8年経った今も変わらず、むしろ輝きを増していっているように感じます。

きっとそれは「昔」は良かった、と嘆くのではなく、
「今」と一生懸命向き合い、「人生」を楽しんで、
明るい「未来」へと前を向いて一歩一歩、進んでいるからなのではないでしょうか。

あの頃から人一倍笑っていた彼女。
だからきっと「笑顔」もパワーアップして、多くのキルギスの人たちを「笑顔」に変えていっているはずです。
「笑顔」の「繋がり」を。


そんな僕自身も彼女から、この「力」のある明るいメッセージに「笑顔」と「力」をもらえました。

「笑顔」の「力」で僕も彼女のように、

「周り」と「自分自身」を「笑顔」に、


そして明るく前へ進んでいけるように。



最後に彼女から~ネイティブアメリカンの教え~より。



あなたが生まれた時は、


まわりの人は笑って、


あなたは泣いていたでしょう。


だからあなたが死ぬ時は、あなたが笑って、


まわりの人が泣くような


そんな人生を送りなさい。

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