2011年4月3日日曜日

百聞は一見に如かず-世界と料理に生きる南極料理人の歩む道ー




篠原洋一。

1962年札幌生まれ、高校卒業後板前の世界に入る。

札幌の割烹から20歳で東京の割烹に転勤し数店で修業。



1991年29歳で「第33次南極観測隊」越冬調理隊員で参加。

1993年帰国し客船「飛鳥」と「飛鳥2」に14年乗船、
世界9周して約70カ国200都市を巡る。

2008年47歳で再び「第50次南極観測隊」越冬調理で参加。

2010年帰国後横浜関内吉田町に
クルーズ・トラベル・コミニュケーション・バー「Mirai」
と言うダイニングバーを開店、現在に至る。
HP→http://travelbar-mirai.com/

彼との出会いは、100人100旅本プロジェクト第4弾。
HP→http://tabibana100.com/
地球に恋した旅人たち 大地編に著者として参加されています。

南極に行かれたきっかけは北大の教授さんに、オーロラの話を聞いて どうしても見たくなったそうです。

昨年9月の開店から半年。大震災による飲食店関連への影響により、お店を取り巻く環境はきびしいですが
いろんなイベントをやって乗り切りたいと思い、 その1弾が先日27日に行われた、「南極よもやま話」(毎月一回はやってます) そして4月1日からは「日本の四大客船絵画展」を行います。
これからもイベントをたくさんしてお店を盛り上げていきたいと語る篠原さん。


2009年 6月7日 南極観測隊料理人 篠原洋一として「情熱大陸」にも出演されています。


僕自身、実はこのOAされた回はたまたまテレビで見ていました。
だから初めてお会いしたときも勝手ながらどこかでお会いしたような気がして。



情熱大陸。大陸をまたぎ、自分のありったけの情熱を注ぐ、まさに情熱大陸そのままの生き方。
夢を追い、叶え、自分の道を貫き突き進む人生。
同じ男として「男の生き方」というのを多々学べ教えられ、本当に尊敬できる男の中の男。


今、大震災による「酒」の会の自粛、計画停電による帰宅できるかの心配等により飲食業界が深刻な影響をうけています。

一生懸命、今を「楽しむ」こと。それもまた自分たちにできること、いや自分たちのすべきことなのではないかと個人的に感じます。

震災により亡くなられた方たちへ、自分たちが個々でできることといえば「生きる」ということに一生懸命になるということなのではないでしょうか。「今」も。そして「みらい」も。

このことは今の職場をとおしても身をもって学び感じさせてもらっています。

今、辛い状況下に置かれている方たちに対しても、どんなに頑張っても我が身にならなければ全く同じ気持ちにはなれないのだから、今、自分のすべきことをする、それは一生懸命「楽しむ」ということも決して例外ではないはずです。

一つの個人の「店」が開かれるまで。
そこにはどんな作りモノのテレビドラマや映画よりも「一人」の深い背景と物語がある。
そして大きな「夢」がつまっている。
そんな物語を、一度その「目」で「耳」で感じてきて欲しい。
あたたかな人柄と、強い生き方に触れてきてほしい。


感動を 集めて集え 世界から


篠原さんのこの言葉のように、たくさんの「想い」が集まるような「場」。
きっとMiraiはそんな、受け入れてくれる「温かさ」と次へと向かって送りだしてくれる「刺激」を合わせもった「場」、「Home」のように。


みらいへと 希望をのせて


これを読んでくださった方々が「希望」や「感動」の「想い」をみらいへと届けてくれますように。



僕もまた届けに行かせてもらいます。「夢」と「希望」と。そして素敵な「人」と「笑顔」とともに。

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