2014年1月17日金曜日

誰もが出来ることを誰も出来ないくらいにやる


谷中 康洋
為替トレーダー
http://ameblo.jp/minnadeyaru/
高校卒業後、1年間プロの競輪選手を目指しプロに弟子入りするも試験に落ち、潔く諦め佐川急便に入社。
21歳で通信事業の会社を設立&倒産。
その後清掃業関連の会社を設立し、再度倒産。
お世話になっていた社長から投資を勧められ25歳で金融業界に転身。
ベンチャー投資をメインにIPO、株、外国債等、時代の流れに従って金融商品を選んで投資活動を行い、金融全般を勉強し投資の基本を学ぶ。
現在は運用を人に任せるだけではなく、自分自身で運用を行う、トレードをメインに投資。
その他、自分が投資で生活出来るようになるまでの経験を生かして、将来に不安を抱えている方、複数の収入を得たい方等を対象に、投資のアドバイスやトレード手法などを教えている。

…そのことを始めた大きなきっかけとは…
お世話になっていた社長(先輩)から投資の話をよく聞かされていたのですが、いつも可能性を感じていました。
先輩から「70万投資してみないか。」と言われ、私は思い切って投資をしました。あのときは手が震える思いで投資した事を覚えています。
他の仲間は警戒したのですが、私は、<どこか試されている>そんな気がして、1歩踏み出しました。
25歳から本格的に色々な投資をしたのですが、初めこそよかったものの、その後は失敗続きで悩んでました。
専門的な知識があるわけでもなく、周りで誰かがやっているわけでもなく、とにかくしっかりと勉強をしたいと思っていました。
そんなとき、ある投資の失敗から債権者集会に出席したところ、同じテーブルの方が話しかけてくれて、僕の悩みを受け止めて頂き、かばん持ちをさせて頂く事になりました。
給料が出るわけでもなく、住むところも、食べるものも、何も保証がないところに、スーツケース1つ持って東京に出てきたのが、本当に大きな転機でした。
でも、いつチャンスに恵まれるかわからないから準備だけはしておきなさいと、ある成功者の方に言われてたので、貯金もしてありましたし、チャン スを掴めたのかと自分で思っています。
 保証のないところに飛び込む勇気を持てたのは、1歩踏み出して、そして結果がついてきていたからだと思います。
70万円をあのとき出して、そして人生が変わった経験があったからこそ、今回もまた1歩踏み出せたんだと思っていました。

<その人を信じるということの勇気>を与えてくれたのが、投資を進めてくれた先輩でした。
そして、その先輩はどこまでも僕の面倒を見てくれていたんです。
一緒のテーブルで僕に話しかけてくれた方は、先輩のビジネスパートナーで、僕の事を聞いていたそうです。だから、話かけてくれたとのことでした。
そしてその方の元で1年勉強して、徹底的に投資の基本を教わりました。
人生の転機は常に人との出会いの中にありますね。


…そんな彼のこれからの夢 そして伝えたいこと…
世界50ヶ国を旅してわかった事があります。
それは私達日本人は日本人というだけで、もの凄くお金持ちで裕福であるということ。
さらに教育の機会が平等に与えられ、最新の医療も受けることが出来ます。
外から見た日本は本当に素晴らしい国で、そして心優しい豊かな国なんだなと感じました。
そんな日本をしっかりと後世に残していくことが自分の使命だと思っています。
それと同時に、恵まれない環境に生まれて来た人達に対して何か特別なことはしなくても、
自分の生まれて来た日本で<一生懸命、夢を持って精一杯生きる>ということが、
先進国に生まれた私たちの責任だという事を多くの人に伝えていきたいと思います。

Yasuhiro Yanaka


<一生懸命、夢を持って精一杯生きる>  彼のこの言葉には彼の全てが詰まっているような気がします
何度失敗しても諦めず、また挑戦する、そこに在るのは一生懸命生きるという彼の真っ直ぐな気持ちと揺るぎない強さ。
一つ一つのことを一生懸命、誰もが出来ることを誰も出来ないくらいにやってきた彼だからこそ
<生きる>ことに<夢>が繋がり、年を重ねるごとに輝きを増しているのでしょう。

彼との出会いにより、また多くの人へ<生きる>ことに<夢>が繋がり溢れていきますように…

2013年6月11日火曜日

運命は自分が動いた分だけ 変わっていくものだから

若杉 秀俊

国際航空貨物取扱士

HARI-HARI ARAMAITIE!
http://hiddy.cocolog-nifty.com/aramaitie/

長崎県長崎市出身。
高校時代に報道関係に興味を持ち、
大学ではそのベースを作るべく社会学を専攻。

2年次には沖縄の琉球放送へインターンシップ。
学外のマスコミ勉強会にも積極的に参加し、
ゆくゆくは本物のジャーナリストとなることを夢見る。

しかし、4年次にマレーシアへ留学。一気に海外へと目が向く。
気づけば、世界各国を駆け巡るモノの動きのダイナミズムに感動を覚え、
国際物流業界へ。
現在は国際航空貨物の輸出手配を担当し、日々航空会社と格闘中。

…今に至る大きなきっかけとは…

大学3年次に入る春先に、たまたまサークルの活動の一環で1ヶ月ほど渡航した
シンガポール・マレーシアの学生交流の旅が大きな転換点となりました。

もともと留学には興味があり、その渡航をきっかけに一気に
シンガポールへ留学したい!」と思うようになったのですが、運命のいたずらか、
最初に受けたマレーシアのマラヤ大学への留学試験が先に合格し、

気づけばマレーシアへ1年。
多くの民族が共生するマレーシア。
興味の矛先は一気にマスコミュニケーションから文化人類学へシフト。

とはいえ、ジャーナリストを目指す夢は途絶えておらず、
現地のフリーペーパーや日本人会向けのニュースレターのライターを勉強の合間にこなし
取材力と文章力を異国の地で磨く。
そして、だんだんと海外で仕事がしてみたいと思うようになっていく。

そこでたまたま知る事となった国際物流業界。
航空フォワーディング。

海外での仕事、といえばメーカーや商社というイメージが強いが、
メーカーがモノを作って、商社マンがそれを売ったところで、
そのモノを運ばなければ話は始まらない。希望通りの日程、ルート、コストで、
いかに確実にモノを運ぶか。
もともと航空業界にも興味があったのが幸いし、
就職先は航空フォワーディング業界に主軸を置くことに。

とはいえ、何にでも興味を持つという性格のため、
当時は就職氷河期の終焉前で、
採用人数を相当絞っているというのもあり、
手当たり次第に受けていたというのもあるが、

普通は業界を絞って就職活動するところを、小売り、食品、メーカー、商社、放送局、
新聞社、航空会社、船会社、広告会社、とジャンル関係なく就職活動を行った。

最終的に何社かの内定先から、国際物流の風を一番感じることが出来そうな
現在の職場を選ぶことに。

若いときから色々とチャレンジをさせてくれる職場で、
欧州、ロシア、アジアなどへ直接出向いて仕事をするチャンスももらった。

しかし、まだまだ至らない語学力、ビジネスセンス、これから磨くことは盛りだくさんだと痛感。

よく言えば、成長できる伸び代がまだまだあるということか。
色々な仕事をこなし、自身の能力を磨き、
いつ、どこでも誰のためにも役に立てる人材となるべく努力の毎日が続いています。

そんな中、社会人になってからのもう一つの大きな転機は、
旅のエピソード集を1つの本にまとめるという100人100旅プロジェクトへ
参加することになったこと。

元々ジャーナリストを目指していた手前、文章を書くこと自体は大好きなので
参加してみようと思ったのが最初の動機だった。

純粋に旅好きの仲間が集まるサークルのようなものだが、
職業もみんなバラバラ、興味がある国もバラバラ、でも、1つにまとまれる底力がある。

そして、一人ひとりが芯を持った目標を持っていて、純粋にそれを目指す人が多いということ。

自分のあやふやな人生の目標を明確化し、ちゃんと目指さなきゃと思うようになったのは、
このプロジェクトに参加している最高の仲間たちがいたから。

百聞は一見に如かず。

時間さえあれば国内外、世界中へ飛び立つ仲間たちの姿を見て、
話を聞くことで自身の見聞も高められ、さらに自分自身が今度は飛び立つ。
足を運んで現地のコトを知る。

これは今の仕事にも大いに役に立っています。

…そんな彼のこれから目指すもの、夢とは…
世界中のどこかで、
自分を必要としてくれる場所で、
大いに仕事して活躍すること。

必要とされるなら、
地球の裏でも、
ジャングルの奥地でも、
どこでも赴任する覚悟はできている。
また世界中の秘境、絶景、
興味がある国・都市すべてを周りつくす。

一筆書きで世界を回るのだけが
世界一周旅じゃないぜ。
点と点とを何年もかけてつなげて世界一周。
これが自分の旅のスタイル。




…そして伝えたいこと…

仕事も私事も旅も、結局は人の縁。

その時、その場所、その人やその場面に会えるのはその瞬間しかない。
それが仕事自体であったり、仕事のパートナーであったり、
人生のパートナーであったり、最高の仲間になる友であったり。

人の縁無くして人間は存在できない。

自分自身を育てるのも、変えるのも、すべては一期一会の出会いから始まる。

今、この瞬間を諦めれば、その人に出会えないかもしれないし、
その情景に出会えないかもしれない。だから「諦める」といことは最初から考えない。

最近の旅のスタイルは、もちろん興味がある国・都市・絶景・秘境を訪れることから、
その国で今しか会えない人を訪ねる旅へと主軸が変わりつつある。

建物、自然、風景は何年もかけて変わっていくが、人はその瞬間瞬間でどんどんと変わっていく。自分はその瞬間の友の姿に出会いたいから、旅に出る。

もちろん、そこが地球の裏であっても遊びにいくし、
もしこれから飛び立つ友が宇宙に行くんだったら、なんとかして遊びに行くと、思う。

人が人を成長させてくれる。
幾度となく学ばさせてもらってきた。

だから、本当に本当に人の縁って、大事なんだよ。

                                                                                                     Hidetoshi Wakasugi


…いつでもどこでも飛び回り、駆けつけてくれる彼。

そんな彼の原動力は「今」を、そしてこの「瞬間」を、大切にしよう、
その強い想いからくるものなのかもしれません。

そしてその「今」と「瞬間」、そこには「人」が在るということ。

彼にとって「今」をこの「瞬間」を大切にすること、とは
きっと「人」を大切にするということ。

そんな彼のこれから歩む先は、きっと輝く「今」と共に在ることでしょう。

「今」を、この「瞬間」を大切に


…最後に彼の好きな言葉を…

英国の文豪シェークスピアは、「知恵と運命が相争う時、知恵が全力をつくして戦えば、
運命も知恵を破ることはできない」と言った。
運命は自分の力(智慧)で変えることが出来る。
だから、決して最初から諦めちゃいけないんだ。

どんなに辛いことがあっても、がむしゃらにぶつかっていこう。
動かなきゃ、現状を打破する一筋の光すら見えてこないぜ。

運命は自分が動いた分だけ、変わっていくものだから。